田舎の紹介

生まれは高知県大川村白滝って場所で山の中の(^^;
(昭和30年代)には白滝鉱山の従業員や家族などで約2000人余り人が生活してました。

土佐町田井より吉野川を上流に遡り大川村小松(船戸)それから支流の
大北川にそって北上する。当時は船戸からバスで約30〜40分
今でも落ちそうな木橋を渡り大北川の支流の朝谷川沿いの急な坂道を登りると白滝の鉱山

昭和47年1月24日に大火事が発生して以来閉山になり現在では今の建物はなくなっている

ここで昔の白滝の写真を紹介


小中学校はもちろん飲食店や映画舘、パチンコ店などの娯楽施設もあり
当時父親が白滝鉱山の一人として働いていていました。




右側の写真は共同風呂で子供の頃は
ココに保育園から小学低学年まで住んでた

今では懐かしく
どの建物も存在してない建物ばかり

かすかに覚えてる校歌


たにしまたまとみずきよく
せせらぎ○○○するところ
アー白滝のまなび○をわれら
つどいていまここに
たゆまぬ○○○をせいいせきを
ノート授業に励むなり

大川村白滝小中学校校歌


1.山うるわしく木々しげり
 緑の風の吹くところ
 ああ白滝の学び舎よ
 我ら集いて今ここに
 倦まず弛まず蛍雪の
 尊きぎょうに励むなり

2.谷しらたまと水清く
 せせらぎの音棲むところ
 ああ白滝の学び舎よ
 我ら明け暮れひたすらに
 知徳を磨き身を鍛え
 正しく直く伸びゆかん

3.空にごりなく晴れわたり
 平和の光さすところ
 ああ白滝の学び舎よ
 我ら日本の明日を負う
 高き使命にふるいたち
 向上一路進むべし













白滝鉱山の鉱山地









ダムに浸かり今は無い船戸

昭和44年くらい前の大川村小松(船戸)手前に見えるのは学校だったと思う
右写真の奥に見える建物は役場ではなかったでしょうか。
1900年に水不足のために現在はダムの中に沈んでる建物が下まで顔を出してたときもありました